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「汐留」まちの紹介

汐留(しおどめ)は、日本テレビや電通本社、パナソニック電工本社など13棟の超高層オフィスビルが建ち並び、 4つのホテルや数多くのレストラン、ショップなどが地下通路とペデストリアンデッキでつながる、6万人規模の巨大複合都市です。
東側には浜離宮恩賜庭園をはさんで東京湾、西側は新橋駅から虎ノ門、神谷町、霞ヶ関の官庁街があり、 銀座、築地、臨海副都心にも近く、都心でありながら快適な住空間が広がる恰好のロケーションです。
「汐留」とはもともと東京都港区の地区名・旧町名で、現在ではおもに旧汐留地区に建設された 「汐留シオサイト」のことをいいます。 かつての汐留(汐留町)は、現行行政地名では東新橋の大部分と海岸一丁目の一部にあたります。

「汐留」のなりたち

汐留の地は、江戸時代以前は海辺の湿地帯でしたが、江戸幕府の開幕後、徳川家康が発令して三代将軍の家光の代まで続いた「天下普請」によって、汐留の埋立地が完成しました。その結果、汐留は周辺の新橋・銀座・築地などと並んで、大名屋敷を有する武家屋敷街となりました。 「汐留」の名は、江戸城外堀に潮の干満が及ばないように、この地に海と堀とを仕切る堰があり潮溜りとなっていたことに由来しています。 明治維新後、新政府によって大名屋敷は接収され、明治5年(1872)日本初の鉄道が横浜との間に開設された際には、起点となる新橋駅がこの汐留に建設され、東京の玄関として華やかで活気のある街が形成されました。 ところが、大正3年(1914)に東京駅が完成し、東海道本線の起点が新橋駅から東京駅に変更されると、新橋駅は貨物専用駅に変更されることになります。それからの汐留は、小運送店の集まる貨物ターミナルとして栄えることになりますが、道路交通網の発達により貨物列車輸送に代わってトラック輸送が増えてくると、昭和61年(1986)に汐留貨物駅は廃止されることになりました。 その後しばらくの間は、複数の地権者からなる31ヘクタールにもおよぶ広大な空き地が手付かずのまま残っていましたが、平成7年(1995)になってようやく東京都の都市基盤整備と民間のプロジェクトにより再開発がはじまり、今日の「汐留シオサイト」が誕生したのです。

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