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「佃」まちの紹介

「東京」駅から約2km圏にあり、隅田川の河口に位置する佃島。 そこには、20年以上もの時を経てはぐくまれた水辺と緑の街「リバーシティ21」が根付いています。
都心のまっただなかにあるにも関わらず、周辺は水辺と緑に囲まれ、 喧騒とはかけ離れたゆったりとした時間の流れる空間が広がります。 個々の高さやデザインを少しずつ変えながらも全体として統一された外観の タワーマンション群は永代橋からの眺めが特に美しく、隅田川と調和した景観としてよく取り上げられています。
一方、元佃島には昔懐かしい面影を宿した路地や歴史のある神社が残り、 都心のモダンな雰囲気とレトロ感が絶妙にマッチした不思議な景観を楽しむことができます。
また、最寄り駅は「月島」駅になりますがリバーシティ21からはバスの便が大変良く、 東京駅八重洲口までは約10分で到着する近さです。

「佃」のなりたち

古くは佃島・石川島・新佃島に分かれておりました。
佃島(現在の佃一丁目)は元佃島ともいわれ、正保元年(1644)、 摂津国西成郡佃村(現在の大阪市西淀川区)から江戸入りした漁民が隅田川河口を埋め立てて築造しました。 その翌年から始められた渡船は、江戸時代はもちろん明治・大正・昭和を通じて欠く事の出来ない交通機関となっていました。 その後は隅田川流域では最後まで残った渡船でしたが、昭和39年(1980)の佃大橋完成に伴い300年以上におよぶ歴史に幕を閉じました。
関東大震災と太平洋戦争の災害をかろうじて免れた地域で、現在も江戸情緒の面影が残っています。
石川島(現在の佃一〜二丁目)は、近年は石川島造船の工場として利用されてきた土地です。 もとは佃島との間が100m程もあったといわれていますが、周辺の浅瀬を埋め立てて次第に近づき、 幕末の頃には二つの島は事実上地続きのようになりました。明治5年(1872)町名改正により佃島に合併されました。
新佃島(現在の佃二〜三丁目)は、明治29年(1896)に埋立工事が完了してできた土地です。 現在は清澄通りが中央に通り、佃の中では最も新しく築造された土地です。

「佃」の名産、「佃煮」

もともと佃島の漁師たちは漁を行う際に腐りにくい副産物として小魚を塩辛く煮詰めた保存食をつくっていました。 のちに下総国野田(現在の千葉県野田市)から醤油が入ってくると製造法は塩水煮から醤油煮へとかわり、 佃島にちなんで佃煮と命名されて江戸市中に売り出されるようになりました。 そしてその美味しさが知れわたると江戸詰めの武士や大名の食膳にあがるようになり、 国元へ帰る際の土産物としても重宝されて全国に佃煮の名が広がったのです。

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